ISA HOMES

伊佐ホームズ家づくり30年記念特別企画

倉本聰と語る「森と住まいと私」

日本の森を再生させよう、という動きが盛んになってきています。
〈聞き手〉伊佐ホームズ代表取締役社長 伊佐 裕

日時

平成29年11月25日(土)
13時30分〜16時 ※12時開場

会場

iTSCOM STUDIO & HALL 二子玉川ライズ
田園都市線・東急大井町線「二子玉川」駅より
リボンストリートを直進、徒歩3分

参加費

2,000円
当日、会場でお支払いください。

お申し込み

参加ご希望の方は、受付期間中にお申し込みください。
  • 応募者多数の場合は抽選になります。
  • 当選者には、10月末日までにチケット引換券をお送りします。
【受付期間】平成29年9月10日(日)〜30日(土)
お申し込み受付は終了しました

倉本 聰 くらもと・そう / 脚本家

昭和10年、東京生まれ。『前略おふくろ様』『北の国から』『昨日、悲別で』『やすらぎの郷』など、名ドラマの脚本を多数手がける。昭和52年に北海道・富良野に移住。昭和59年より俳優と脚本家を養成する「富良野塾」を主宰。平成17年には「富良野自然塾」を開設し、閉鎖されたゴルフコースの跡地を自然の森に戻す取組みを行っている。身近な自然を対象とする点描画も描き続けており、この夏には広島で個展「樹々は生きている」を開催した。

伊佐 裕 いさ・ひろし / 伊佐ホームズ代表取締役社長

昭和25年、福岡生まれ。丸紅で大規模宅地やマンションの開発を手がけた後、退社し、昭和63年に伊佐ホームズを設立。これまでに約800棟の住宅や商業施設、寺社などの設計・施工を手がける。平成16年から構造材の国産化に着手。平成26年から埼玉・秩父の森との取組みを始めた。若い頃から山登りが好きで、山の風景画も多く描いている。平成29年6月には、山と消費者を結ぶために設立された「株式会社森林パートナーズ」の会長に就任。

創立30年を迎えて

平成29年の今年、伊佐ホームズは、創立30年を迎えました。

数人からスタートした会社も、現在では社員30名となり、建てた建築も700棟に上りました。寺社や大型施設を手がける機会も増えています。この間、日本の家づくりは、どんどん変わり続けましたが、伊佐ホームズの家は原点を見失わず、流行に左右されない価値を持ち続けていると自負しています。

[左] 創業当時。右から、営業担当、設計担当、福岡から駆けつけてくださった恩師の小柳洋太郎先生、伊佐、伊佐の友人。
[右] 昭和63年、竣工間もない伊佐ホームズ本社。

さて、この節目の年を記念して、講演会を開催することになりました。テーマは、「森と住まいと私」。ここには、さまざまな意味を込めています。

戦後、住宅は住み手が機能や価格を選択し、購入する「商品」となりました。そこには「消費者としての私」はあっても、「人生を生きる私」は不在になってしまったのではないか。日本の家にかつてあった「精神」が、そこからは失われているのではないか。

家づくりにおいても「私」をもう1回考えてみてほしい、と伊佐はいいます。「私の生命」は、「山の生命」と呼応するはず、そんな意味からも、自分の家には日本の木を使おう、という意識も生まれるのではないか、と。3年前から始まった秩父の森に関わる人たちとの取組みは、伊佐ホームズにとっても必然だったといえるような、大きな意味をもっています。

講演会では、森をテーマにしつつ、私たちに次代の道を示してくださる方のお話をお聞きしたい。そのような考えから、ご登壇を脚本家の倉本聡さんにお願いしました。

[左] 秩父の森。緑の濃い針葉樹と薄緑の広葉樹が混じり合っている。[右] 北海道の春の訪れを描いた伊佐の作品「五月の中山峠付近」。

伊佐ホームズの創業前、同社社長の伊佐裕は丸紅の北海道支社に10年勤務していました。結婚と同時に始まった札幌での生活は、自然の豊かさ厳しさを身体で感じ、人間の原初に触れる経験を与えてくれました。横なぐりの猛吹雪の日には、歩いて4分のスーパーにも行けない。しかし一転晴れると、突き抜けるような青空が広がる。伊佐は時間をみつけては、夢中で絵を描いたといいます。

そのとき、妻の眞梨子と共に熱心に見ていたテレビ番組が「北の国から」でした。一家の長である五郎が、子どもたちのためにこつこつと丸太小屋をつくる。登場する人たちはみな、決してかっこいいわけではなく、挫折もすれば弱音も吐く。それでも人は再生していく。そんなドラマに自分を重ね合わせていたのでしょう。

11月に開催される『倉本聰と語る「森と住まいと私」』、素晴らしい機会となるに違いありません。どうぞ、お誘い合わせのうえ、ご来場ください。