「なすび亭」店主
吉岡英尋さん

長い旅路の果てに、
ようやくたどり着いた自分の店「なすび亭」
ベースにあったのは、「共通する感覚」
それまで営業していた店舗が地域の再開発で立ち退きになったため、店主の吉岡英尋さんご自身で土地を見つけ、伊佐ホームズに設計施工をご依頼いただいて建てたものです。今回は、貴重なお休みの日に取材させていただきました。
「2000年に開店して以来、移転は3度目」と吉岡さん。
「何十軒も空き店舗を見て回ったんですが、どこもピンとこなくて。自分で歩いてみたら5分でこの土地に出会いました。で、条件に合う店を探すよりも建てちゃえばいいんだと」

静かな住宅地になじむ外観。
伊佐ホームズを知ったきっかけは立ち退きを担当した不動産仲介者の紹介でした。営業を担当した副社長の稲田光博に会った吉岡さんは、「なにかフィーリングがしっくりときて。この方は信用できると感じたんです」。

1階にはあえて隠れる場をなくしたオープンな調理場。カウンターは6席あります。
吉岡さんの、長年の経験で得たプロの料理人としての知見や、経営者としての目は、多くのこだわりを生みます。必要な機能や動線はもちろんのこと、店全体の雰囲気も重要です。
実は福井に会った最初は、歳もだいぶ離れているし、どうなのかなと思ったそうです。
「けれども僕が何か要望するたび、決して否定せず、的確な解決策をパッと提案してくれる。稲田さんと福井さんがいれば大丈夫だな、と。我々の仕事もそうですが、決して譲れない部分を守りつつ、どれだけやっていけるかということ。その感覚が共通しているんですね」

壁の内にひそやかな入り口。小さな緑が置かれています。
多くの方に、普通においしく食べていただく
吉岡さんがなすび亭を開くまでのいきさつは、小説やドラマのようです。料理人になろうと決めたのは高校卒業間際。将来、一流企業の社員と肩を並べられる職業を考え、なにか技術をつけようと、料理の経験もないまま調理師学校に進んだそうです。
卒業後は学校の紹介で、伊豆のホテルで3年間働きました。
「東京の料亭に行きたかったんですが、何千尾も魚をさばけば腕がつくと聞かされて。ホテルの板前さんにはバカだなぁと言われましたよ」
次には鎌倉の料亭へ。しかし、先輩ともめて1年で辞め、車で立ち去る途中、行くあてもなく、1週間程度のアルバイトをしようと、旅行情報誌にあった宿に電話をします。熱海の旅館を紹介され、結局1年間働くことに。
その後、ようやく東京に戻り、念願だった永田町の有名料亭に入りました。
「けれどそこでは全く手を付けていない皿が次々下げられてくる。一人何万円もするような接待の店って、いくらよい材料を使っても、お客さまは料理を食べに来ているんじゃないんです。理想だと思っていた料亭は、自分にとっては必ずしもそうとはいえないのだと知りました」

カウンター内からは、店内が見渡せます。
料亭の料理長をめざしていた吉岡さんでしたが、その時、自分の店を持とうと考えたそうです。その後は活魚料理店やふぐ料理店で腕を磨き、なすび亭を開いたのは29歳の時でした。
当初からの思いは、気軽に和食を楽しんでもらえる店でありたいということ。“なすび”という親しみのある命名もそのあらわれです。
「“懐石よし岡”みたいなのも、わざわざ敷居を高くするようでイヤで。料理人や料理記者が来べに来るような店はめざしていません。料理って、1日1組だけでお客様の好みに合わせてつくるのが究極かもしれません。でもそれは仕事としてどうなのか。僕は多くの方に普通においしく食べていただけるものをつくりたいんです」

長さ4.3mある楠のカウンターは設計の福井と一緒に三島まで行って選びました。

カウンター天井を丸竹仕上げは、福井がご提案。気に入っていただけました。
「新しいお店は、僕の集大成」
魚と野菜を中心に、その日に入荷した素材で構成するコース料理は、どれも和食の本道に根ざした豊かな味で盤石の人気。一度味わうとファンとなり、なんと、お客さまの95パーセントはリピーターなのだそうです。
テレビ番組にもしばしば出演している吉岡さん。でも本当は大の人見知りなのだとか。
「長年働いてくれているスタッフの親御さんが、テレビに出る料理人の店だと安心してくれるから。僕が料理に集中できるのも、スタッフたちのおかげです」
新しい店は、すでに多くのお客さまにも好評だそうです。
「素敵なお店になりました。僕の集大成だといえます」
吉岡さんでこその味を楽しみに、私たちもぜひ通わせていただきます!

5つの個室は、それぞれ1面だけ壁の色を変えています。「オリンピックカラーです」と吉岡さん。

木と土でできた穏やかな空間。隠れ家的な雰囲気がとても落ち着けます。

『伊佐通信』8号(2017年)より転載
※内容は掲載時のものです
吉岡英尋(よしおか・ひでひろ)
1971年生まれ、東京都出身。料理専門学校卒業後、 静岡・東伊豆「つるやホテル」に入社。その後、神奈川・鎌倉の懐石料理「山椒洞」、東京・新宿の日本 料理「蝦夷御殿」、銀座のふぐ料理「山田屋」など、 名店で修業を積み、永田町「瓢亭」では首相官邸出前料理番を任される。2000年に独立し、「なすび亭」 をオープン。『ミシュラン東京』で2年連続で星を獲 得、メディアにもたびたび登場するなど、現在、和食界で注目を集めている料理人。著書に『サッと作れる極うま和食』(旭屋出版刊)、『吉岡英尋のだしを使わないおいしい和食』(家の光協会刊)。