家と暮らしの物語

第一回 人生と芸術。

現代美術ギャラリーを主宰するご主人と、ケータリングを手がける夫人。お2人がその仕事を通して積み上げてきた思いやアイデアをシャープなデザインに結実させた住まいには、すみずみまで独自の美意識が貫かれている。この家では“暮らし”と“アート”は、あくまでも一体のものだ。竣工後およそ一年を経て、古くからの住宅地に溶け込みつつ凛とした佇まいを見せる大田邸をお訪ねした。

A : 雨樋やけらば(屋根の下部分)のおさまりにも気を配った、すっきりした外観。屋根は断熱を強化し熱効率をアップする厚み9cmの「フェノバボード」を使用。

B : 玄関を入った正面には珪藻土の壁を背にしたミニギャラリーが。床はすべて淡い白に塗装したタモ材。堅いので愛犬が走っても傷つきにくい。

C : 中国・漢時代のものという犬の陶器。骨董集めはご主人の趣味。

大田邸 FLOOR PLAN

壁に描かれた月

都心至近でありながら下町的な風情も漂う品川区の一角。駅から10分ほどの住宅地には、昔ながらの家々が並ぶ。そのなかにあって、大田邸は周囲になじむ上品な薄あずき色の外壁が印象的だ。塀や垣のないオープンなつくり。道に面した隅には平らな石が据えてある。お年寄りが多い土地柄、通り道にベンチがあると喜ばれるのでは……。そう考えたご主人の発案だという。なるほど確かに、荷物を傍らに腰掛けるのにこの大きさはちょうどいい。こうした配慮は、仕事上つねに多数の人に接する夫妻の、日々のスタンスから生まれるものでもあるのだろう。植栽やアプローチのデザインとも相まって、住む人の気遣いを感じさせる外観だ。

玄関を入ると、正面に見える珪藻土の壁を前に犬のかたちの陶器が置かれている。中国・漢時代の動物俑(よう)だという。ダウンライトに照らし出される景色は、まさにギャラリーさながらだ。そこから右手のリビングに足を踏み入れると、玄関ホールのほの暗さとは打って変わった明るさ。吹き抜けの白い空間に、テラスに面したコーナーやスリット状に配された窓からの心地のよい光がまわる。大ぶりのソファに黄色いデイベッド、ハラコの敷物の取り合わせが楽しい。そのインテリアをさらに際立たせているのが、2階分の高さの壁に直接、鉛筆とグワッシュで描かれた巨大な月と鳥の絵だ。

「映像作家のさわひらきさんに1週間ほど滞在して描いてもらいました。この壁は今後も、作家を招いて自由に表現してもらうコミッションアート的な場にするつもりなんですよ」

そう話すご主人は、六本木でギャラリーを主宰し、東アジアから中近東までの現代美術を専門的に取扱っている。アジアの現代美術は黎明期にあってこれからが面白い、という。作家やコレクターとの付き合いは広く、年間の海外出張は100日を超える。広い室内には、趣味で集めた各地の骨董と、注目する現代作家の作品が絶妙に調和している。

白く大きな空間、人を呼べる家、庇のある家

長年マンション生活を送ってきた夫妻が、自邸を持とうと考えたのは一昨年の暮れのことだった。「思い立ったらすぐに動くほうなので、具体的な考えはないまま、まずは大手ハウスメーカー各社の話を聞いて回りました」

しかしハウスメーカーの家はドアひとつとってもカタログから選ぶしかなく、デザインの制約も多い。アトリエ系建築設計事務所への依頼も考えたが、これも、自身の望むイメージをどこまで再現できるかわからない。経験者からは設備や機能面での苦労も聞いた。そんな中で、建築に詳しい知人に勧められたのが伊佐ホームズだったという。

「設備はしっかりさせたかったし、遊びの要素も欲しかった。伊佐ホームズにはそうした施主の希望をきちんと形にしてくれる自由度の高さを感じました」
最初に伝えたイメージは、“白く大きな空間”“人を呼べる家”そして日本の風土に合った“庇のある家”という3点だけ。

「他社にもプランを依頼しましたが、伊佐ホームズにした決め手は、デザインのよさとともに、自然素材を多用していること。建具などに無垢の木を使うこともできるし、職人がひとつひとつきちんとつくっている。設計担当者の説明も納得のいくことばかりでした」

その後は毎週のように打ち合わせを重ね、動線や窓の配置、設備などを調整。夫妻も自ら設備メーカーなどを調べ、ショールームを回った。また、屋内外の照明計画は、照明デザイナーの近藤真由美さんにご主人自らコンタクトを取って依頼したそうだ。

「ハウスメーカー、アトリエ、総合設計会社と、それぞれのやり方がありますが、私達には伊佐ホームズの進め方が向いていましたね」というご主人の声に夫人もうなづく。

D : 壁に直接描かれた、さわひらきさんの作品。

E : 吹き抜けのリビング。スリット状の窓、階段上のトップライト、手前のテラス側の窓から、多様な光が射し込む。一段上がった向こうがリビング。カラフルなシャンデリアは伊佐ホームズを通して知った、ガラス作家、イイノナホさんの作品。

F : イランの女性作家、モニール・ファーマンファーマイアンさんの作品(部分)。鏡をカットして組み合わせている。

G : 床の間にはトップライトからの光が落ちる。花器の台は、かつて当麻寺の造作板だったもの。壺は弥生式土器。

見えない心地よさも追求

各室を見ていこう。1階はリビングダイニングを中心としたセミパブリックな空間と、キッチンなどプライベートな空間に大きく二分されている。リビングと1段床を下げたテラス、逆に1段床を上げたダイニングは、20〜30人のパーティにも充分な広さ。床のレベル差と4本の丸い柱によって、さまざまな場が生まれている。

リビングダイニングの右手にはご主人の書斎がある。白い住空間の中で、この部屋だけは天井まで届く濃いオレンジの書棚が目を引く。「仕事場であるギャラリーもホワイトキューブなので、家に1か所は色のある場所が欲しかった」との考えからだ。

ダイニングの奥は、引き戸で仕切られた広々としたキッチン。清潔感のあるステンレストップ、シンクとコンロの配置、シンプルで機能的な収納などは、パーティ料理のケータリングを手がける夫人が、その仕事を通して感じてきた理想を形にしたものだ。「ここは仕事で使うことはありませんが、自宅のパーティにも対応できるよう、ゆったりとつくりました。素材から特注でつくっていただいたグレーの収納扉もかなり気に入っています」と夫人。

中央に据えたアイランドの一部は大理石のカウンターになっている。「これは夫のアイデア。家族だけで軽い食事をとる時は、このカウンターを使います」。キッチンの横には夫人の書斎スペースもあり、水回りや勝手口とつながっている。

2階には高校生になるお嬢さんの部屋と主寝室、和室。茶室としても使用できる和室は、床の間部分の天井から杉の格子を通した自然光が落ち、また雪見障子を上げれば小庭の景色が楽しめる。作家など客人が滞在する時に使ってもらうのもこの部屋だ。

子供室と主寝室には、リビングを見下ろす愛らしい内窓がある。準工業地域のこのエリアでは、昼間は窓を開けると音が気になることもある。そこで屋内で“窓を開け放つ”気持ちよさを味わえるようにとの工夫だ。内部の空気を循環させ、冷暖房の効率を高める効果もある。

「見えない心地よさ」もこの家のテーマで、屋根断熱を強化し、ピーエス冷暖房と温水床暖房、ロスナイ換気により、大空間でも心地よく、身体にやさしい温熱環境を実現させている。新しいエネルギーシステム、エネファームも設置した。

照明を切り替えることによって、シーンが変わるリビング。これだけの規模の吹き抜け空間が木造で実現したのは、モノコック構造を用いたため。白いピーエスシステムがインテリアに溶け込んでいる。

リビングから書斎方向を見る。左奥のテラスに面した西南のコーナーは、二面が吹き抜けのガラス。床はタイル張りで、愛犬の居場所にもなっている。

照明も新しい手法で幻想的に

夕暮れ、屋内外の照明が灯ると、家はまた違った表情を見せはじめる。近藤さんによる照明デザインは、外部に設置した照明器具から窓越しに室内を照らすという新しい手法を採用。シーンを想定して、照明の組み合わせがプログラムされている。幻想的でやわらかな明かりに、室内に配された美術品も美しく浮かぶ。

「この家は、生活の道具や現代美術、骨董、本……といったすべてが不思議なくらいマッチする。いい住まいになりました」と話すお二人。「今後はリビングに人が集まる機会も増やしていきたいですね」

家は住む人を表すという。古今東西の美しいものに彩られたこの家はまさに、稀な目利きである住み手による「作品」なのだろう。

大田邸

構造:木造2階建

家族構成:夫婦・子ども