家と暮らしの物語

第二回 老梅と書がつなぐ家族の歴史

二世代、三世代でともに暮らす家を建てること。そこには、互いの利便や安心感のためだけではなく、家族の絆を大切に守り、また紡いできた歴史を次の世代につなぐ、大きな意味があるように思われる。この家は、築50年を超えていた木造住宅を、母と、長男、次女それぞれの一家の三世帯が住むように建て替えたもの。書家であった先代が愛した梅の木や、作品を並べた小さなギャラリーなど、ひとつひとつが家族の心を結びつける。

A : エントランスの壁面を飾るのは、先代がコレクションしていた中国の書聖・王義之による書の木板や、漢時代の聯 (れん)。

B : 深めの軒に、控えめな開口部。さりげなく上品な外観である。

独立した三世帯が1棟の建物に

この家を訪れた人は、まず、玄関を入ったところで驚かされるだろう。
表から見るとすっきりとした白壁の建物に木のドアがひとつ。左手には母屋とつながったように見えるガレージがある。ところが階段を上がってドアを開き、中に足を踏み入れると……目の前のガラス越しに、手入れの行き届いた庭がひろがる。視線の先には枝ぶりも美しく、梅の古木が根を張る。

黒い玄昌石を敷き込んだこのエントランスからは、3つの方向に進むことができる。窓の横には庭に進む扉があり、右手には1階と2階それぞれの内玄関がある。1階は母であるKさん、2階は長男一家の住まいだ。梅の木に誘われて庭へと進む。右側が母屋。ひろびろとしたウッドデッキは敷地いっぱいまで続いている。デッキで結ばれた奥側は1・2階とも次女一家の住まい。こちらも専用の玄関を持っている。


Kさんの部屋から続くデッキ

書家の記憶を引き継ぐギャラリー

庭にはガレージの上に設けた離れに上がる、幅広な木製の階段がある。「詩禅堂」と名付けた離れは、先代、伊藤神谷(いとうしんこく)氏の書や愛用の道具、コレクションなどを展示するギャラリーだ。こちらの広い窓から眺める梅の姿もまた美しい。

伊藤神谷氏は高知県の出身。同郷の川谷横雲(かわたにおううん)に師事し、戦前から大日本書道院などで活躍した高名な書家だ。知的でモダンな線の美で知られるとともに、書道芸術院創設など戦後の書壇再建にも尽力した。かつてはネギ畑に囲まれていたという世田谷の地に、小さな平屋を建てたのは昭和28年のことだ。

Kさんは昭和43年にこの家に嫁いだ。家族が増えるにつれ、2階を増築するなどリフォームを重ねた建物には、最も多い時期には義父母、Kさん夫妻、3人の子ども、ご主人の弟の8人がともに暮らしていたという。

「義父はこの家の庭が好きでした。梅の木は、住みはじめた当時に樹齢100年ほどのものを手に入れて植えたそうです。中心には枯山水があり、石灯籠は7つ。苔むした石垣もきれいでしたよ。夫も庭仕事が趣味で、自分で築山をつくったりもしていました。7本の梅は春には庭じゅうに香り、初夏にはたくさんの実をつけて、梅酒にするのも楽しみでした」

萩の天井が和の風情を醸すギャラリーは、10畳ほどの広さ。壁面に多数の書が掛けられ、座卓には硯や筆がそのまますぐに使えそうな様子で置かれている。かたわらには多くの古書も積まれ、展示スペースというより伊藤神谷氏の書斎そのもののような趣。書道関係者などが訪れると、丸1日、作品や資料を見て過ごしていくという話にもうなずける。

庭から見た現在の母屋。以前の庭に据えられていた大きな石も生かした。

伊藤神谷氏独特の線感覚は「とても真似できるものではありません」とKさん。

設計の過程でイメージが見えてくる

建て替えを決意したのは、家に住むのがKさん1人になったことがきっかけだった。時は経ち、子どもたちは独立し、義母と夫を看取ったのち、義父も平成17年初頭に亡くなった。
「何度も改築した建物は迷路のようで、掃除するだけで1日がかり。こんな広いところに1人ではとても住めません。それで子どもたちと相談し、長男夫婦と次女夫婦が帰ってくることになったんです」

さて、どこに依頼したらいいか、Kさんは大手ハウスメーカーのモデルハウスをいくつも見て回った。けれども思い描くイメージとはどこか違う。そこで、家から近く、以前から気になっていた伊佐ホームズの瀬田モデルハウスに足を運んだ。
「以前、(伊佐ホームズで開かれていた)義父のお弟子だった浜田尚川先生の個展に伺ったことがあり、素敵なところだな、と思っていました。近所でも、伊佐ホームズで建てられたら最高よね、と評判だったんですよ。お話を聞くと、建て方なども皆しっかりしているし、費用面でも大丈夫とわかり、お願いすることにしました」

希望は、1つの建物に、玄関も水回りも別々の三世帯が暮らす集合住宅のような姿だった。約100坪の土地は相続した長男と次女で分筆し、建物内部も敷地の境界線上に壁を設けて分けることにした。中のデザインは各世帯の自由。設計担当者との話し合いには、それぞれ雑誌の切り抜きなど持ち寄り、理想とするイメージを伝えた。

三世帯住宅にすれば、広かった庭は削らざるを得ない。Kさんは、梅の木を伐るのもしかたのないことと思っていた。しかし、伐ってはだめだと反対したのは子どもたちだった。小さいころからあたりまえのようにそこにあり、春の訪れを告げてくれた古木は、子供たちにとってはやさしかった祖父を偲ぶよすがでもある。この家の象徴として、樹齢150年を超えた1本を庭の中心に残すことに決めた。

また、家には膨大な量の書道作品や、義父愛用の筆、硯、貴重な書物などがあった。生前から整理を一任されていたKさんは、建て替えにあたって一枚一枚の作品に向き合った。実は彼女自身も小さいころから書に親しみ、この家で習字教室も開いてきた腕前だ。「まとめて目にして、義父の書の素晴らしさにあらためて圧倒されました」

家では管理が難しいことから、コンテナ1台分を高知県の「紙の博物館」に寄贈。数作品のみ手元に置くことにした。家の中の小さなコーナーに展示できればと考えていたKさんに、設計担当者は離れのギャラリーを提案した。それなら家族の誰もがいつでも義父の書の世界に触れられる。見学したい人があれば、庭を通って案内することもできる。こうして、“梅の木を残すこと”、“ギャラリーを設けること”の2つのアイデアが生まれていった。
「義父が遺してくれた土地も、書や梅の木も生かすことができました。本当にいい設計にしていただけたと思います」

引き継がれること、変化すること

Kさんが住む、母屋1階部分を拝見した。間取りは1人住まいにちょうどいい1LDK。真っ白な漆喰壁と、無垢のナラ材の床がすがすがしい。4畳半の和室も、細い縦格子を入れた付書院や、オープンにしている押入れベッドのおかげでひろびろとしている。部屋から眺める庭の風景は、習字教室に集まる人たちにも好評という。2階にある長男一家の居室は、ピンクを生かした洋風の2LDK、内壁を隔てて隣接する次女宅は、白を基調としてストリップ階段などを設けた、モダンな雰囲気の3LDKになっている。

2006年からスタートした三世帯の暮らしぶりは、ここ数年大きく変わってきた。孫たちが誕生したのだ。長男夫婦の娘、次女夫婦の息子とも現在2歳。Kさんの居室に、毎日のように元気に遊びに来る。皆でデッキや庭に集合してバーベキューなど楽しむ時間も、以前以上に増えたという。釣り好きの長男が釣果を上げて帰ってくると、ちょっとした家族パーティもはじまる。
「ふだんの生活は別々でも、おーいって声をかければ、皆すぐに集まるんです」

Kさんは今年も庭に、たくさんの球根を植えた。春には孫たちにチューリップやムスカリの花を見せるのが楽しみだ。ブラックベリーやプルーン、ブルーベリー……、おいしい実のなる植物も、どんどん増やす。

離れのギャラリーは、いずれ孫が大きくなったら子ども部屋にすることに決めた。展示している品々はしまいこむことになるかもしれない。けれども、幼少期から日常的に目にしてきた作品の素晴らしさは、きっと孫たちの心にも刻まれる。家をめぐる家族の物語は、こうして少しずつかたちを変えながら、次の時代へと引き継がれていく。

所在地:東京都世田谷区

竣工年月:平成18年6月

延床面積:238m²(72坪)

構造:木造(一部RC造) 地下1階 2階建て

関連リンク:施工実例写真集『梅の木に守られた家』

C : 縦格子が美しい書院には、Kさん自作の花入れが。

D : ギャラリー内。左の軸は義父のコレクションのうち、明治三筆の一人とされる日下部鳴鶴(くさかべめいかく)の書。右に掛るのは義父の作品。書道具や、Kさんの夫の油彩作品も置かれている。