長谷川町子記念館

サザエさんに会える、みんなのための場所

庶民の暮らしを明るく楽しく描いた漫画家・長谷川町子のゆかりの地に2020年7月オープンした「長谷川町子記念館」。『サザエさん』『いじわるばあさん』などの作品世界や、町子の生涯に深く触れられると共に、館内外でゆったりとした時間を過ごせる、地域の憩いの場でもあります。
入り口の庭園には町子が好きだったしだれ桜も 入り口の庭園には町子が好きだったしだれ桜も

既存の「美術館」と呼応する「記念館」

東急田園都市線の駅がある桜新町は“サザエさんの街”。駅前には登場人物たちの像が並び、作品に幾度も登場した商店街は「サザエさん通り」と名付けられています。日本初の女性漫画家・長谷川町子は生涯の後期を近隣に暮らし、ここに姉の毬子と共に蒐集した美術品を公開する「長谷川町子美術館」を1985年に設けました。「長谷川町子記念館」は、この美術館と道を隔てた向かいに建っています。

「長谷川町子の足跡とその時代背景を紹介する記念館をつくりたい」というのは、館長の川口淳二さんの長年の夢でした。ご縁をいただいた伊佐ホームズでは、5年ほど前から打合せを重ね、あるべき姿を描いてきました。住宅街という立地、長谷川町子が描いた人間味あふれる世界観に呼応するよう、「友人の家のように立ち寄ることができて、通りすがりの人もほっとするような建物」を目指しました。

道を隔てた美術館の鋭角とつなげた記念館。
サザエさん公園からの緑のつながりも考慮
している

サザエさん通りを抜けた先、緩やかな坂道の左手に美術館、右手に記念館が見えてきます。茶色の外観や鋭角的なフォルムは互いに呼応するよう計画したものです。
美術館の姿はもともと、町子の希望で折り紙をイメージしたといい、外壁にはレンガを貼り巡らせています。そこで、向かい側でわずかな窪地になっている記念館では、建物自体を美術館のもつ角度を受け止めるV字型にし、外壁は似た色調のタイル貼りにしました。アプローチには町子が愛したしだれ桜をはじめ、豊かな植栽やボリューム感のある石などを配し、気持ちのいい庭園に。季節のうつろいを楽しみつつ、ゆったりと過ごすことができます。

階段から続く大きな石は、香川県産の庵治石階段から続く大きな石は、香川県産の庵治石
縁側を思わせるベンチ。道路越しに美術館が見える。縁側を思わせるベンチ。道路越しに美術館が見える。

外壁は特注でつくった
タイルで

外壁は美術館との一体感を出したいと、イメージに合うタイルを探した。たどりついたのは、偶然にも美術館の外壁タイルと同じメーカー。そこにスクラッチタイルを特注した。

色合いは美術館より少しだけ明るくしている。職人と共に工夫を重ねた手づくり。1枚ごとの風合いも違う。壁に埋め込んだレールに取り付けるという手間のかかる施工方法も、大面積での安全性と美しさを考慮して選択した。

メーカーに特注した製造工程には職人の技も生きるメーカーに特注した製造工程には職人の技も生きる
砂をかけて焼くことで微妙な味わいを表現した砂をかけて焼くことで微妙な味わいを表現した

作品世界と
町子の生涯に触れる
展示室

館内展示室は、展示物の設計施工を担当する丹青社と緻密に連携し、“家”を感じさせるスケール感を重視したデザインとしました。

床は住宅に使用するものと同様のオーク。1階ではあえて節のある材を選び、サザエさんの世界に見るようなほがらかであたたかな雰囲気を出しています。

クラシックホテルのレセプションを思わせる受付を経て、V字型建物左翼に進めば、等身大パネルのサザエさん一家が迎えてくれます。その先が「町子の作品」展示室。ここでは膨大な数の長谷川町子作品がタッチパネル式のモニターで鑑賞できるほか、懐かしい昭和のお茶の間も再現されています。配置された生活道具はどれも作品に登場するものばかり。

壁面に板塀では光のチョークで自由に落書き壁面に板塀では光のチョークで自由に落書き

子どもたちが夢中になりそうなのが、デジタル技術を駆使した「光の落書き」。板塀にチョーク状のペンで自由に落書きできるのです。光で描いた線は一定時間がたつと消えます。

2階には「町子の生涯」展示室。子ども時代からの歩みを紹介すると共に、仕事道具や趣味の陶芸作品なども並びます。創作一筋に生きたひとりの女性の、懸命な思いに触れる場でもあります。

[左]お父さんの晩酌の準備も整った昭和のお茶の間風景 [右]2階には町子が使っていた机。愛猫の絵も自筆だ[左]お父さんの晩酌の準備も整った昭和のお茶の間風景
[右]2階には町子が使っていた机。愛猫の絵も自筆だ
畳敷きの小上がりでは本を開いたり塗り絵を楽しんだり畳敷きの小上がりでは本を開いたり塗り絵を楽しんだり

内緒話をする
3人の銅像

3人の像は『サザエさんうちあけ話』の表紙絵がモチーフ3人の像は『サザエさんうちあけ話』の表紙絵がモチーフ

エントランス前には、この記念館のシンボルとして長谷川町子にサザエさんといじわるばあさんが話しかける姿の銅像を設置した。

製作は銅器産地・高岡のメーカーに依頼。3体の腕や手の位置などを正確に合わせるのは高い精度を求められる作業だったが、無事、計画通りのなごやかなシーンが表現できた。

原型をもとに粘土で鋳型をつくる。これはいじわるばあさん原型をもとに粘土で鋳型をつくる。これはいじわるばあさん
溶かした銅合金を鋳型に流し込む、鋳込みという工程溶かした銅合金を鋳型に流し込む、鋳込みという工程

木のぬくもりに包まれる
ショップ&カフェ

窓の分割にも住宅らしさを表現したカフェコーナー窓の分割にも住宅らしさを表現したカフェコーナー
ショップには長谷川町子作品も数多く揃っているショップには長谷川町子作品も数多く揃っている

木のぬくもりに包まれる
ショップ&カフェ

前庭の植栽を望む1階右翼側には、「購買部」(ミュージアムショップ)と「喫茶部」(カフェ)があります。ここは入館料なしで誰でも立ち寄れる集いのコーナーです(インテリア設計施工はEAST)。木のあたたかさをふんだんに取り入れ、広い窓からはたっぷりの日差しが入ります。

※新型コロナウイルス感染症対策のため、現在は入館者のみ利用できます。

購買部では、種類も豊富なオリジナルグッズが楽しめます。サザエさんの復刻初版本、茶碗やアルミの弁当箱、手拭い、ネクタイ、ノートやバッグ……。町子が好きだったほうじ茶やドライパパイヤ、カステラ、飴などの食品もあります。また昭和の時代には一般的だった台所道具なども販売しており、懐かしさから求める人も多いといいます。

ミルク珈琲、英国式紅茶といった喫茶部のメニューも、町子のお気に入りにヒントを得てつくられたもの。気取りのない雰囲気の中、そこここで会話の花が咲くことでしょう。

ここは縁側のぬくもりや、そこから続く気軽な座敷をイメージした空間。実は、天井にライティングレールを埋め込んで存在感を消すなど、めだたない工夫は随所にある。そうした隠れた職人の技術の数々が、この記念館の居心地よさを支えています。

建物を引き締める
巨大な石材

前庭の左翼側で通路を兼ねた景色として存在感を放っているのが、イサム・ノグチが好んだことでも知られる香川県の庵治石。

産地で選んだ巨大な石から削り出し、地面に埋め込んだ。階段部分も一塊の石からつくっている。深々とした地中の厚みを感じさせる重厚な自然素材を足元に配することで、建物全体の印象を引き締めた。

5段の階段はひとつの石から削り出している5段の階段はひとつの石から削り出している
産地の多くの石材から適するものを探す この大きな石塊を記念館用にセレクト [上]産地の多くの石材から適するものを探す   
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サザエさん通り入り口の銀行外壁
サザエさん通り入り口の銀行外壁も、記念館と同じスクラッチタイル。ご協力を得て伊佐ホームズで手がけた。
インフォメーション

長谷川町子記念館

東京都世田谷区桜新町1-30-6
tel.03-3701-8766
https://www.hasegawamachiko.jp

[長谷川町子記念館 建築データ]
敷地面積:1,215.69m²
建築面積:602.99m²
竣工年月:2019年12月
構造:RC造

長谷川町子記念館